未来は未知の世界だから、自分の未来を知る術は無い。
私たちが毎日たくさんの決断をしているのはこのせいだ。
後悔は決断の産物。後悔したくなければ、間違った決断を減らすこと。
間違った決断を減らすのは、難しいうえに痛手も大きかったりするので、間違わない決断をしようと誰もが躍起になるが、その結果
決断をしないという愚かな決断をしている人が多い。
「判断材料が揃わないので決断できない」というのが典型例だが、その愚かさは経験則でわかるはずだ。
決断時に判断材料が揃っていることは100%無い。
また、決断には決断すべきタイムリミットがあるのが普通だ。
タイムリミットに判断材料が揃わないからこそ決断が必要
なのだ。揃っていたら決断する必要は無い。判断材料が揃うということは、判断すべきこと自体がすでに現実になっていることであり、判断自体が現実を見誤らないようにするという認識の問題になるからだ。
後悔は現実にしたい未来を現実にできないからこそ発生する
のだ。認識は現実になった未来が望んでいた現実かを確認する作業にすぎない。
「遅きに失した」、「後の祭り」の経験が愚かな決断の典型だ。
後悔したくなかったら、
決断の先送りは悪しき結果を生むと覚悟すべきだ。
そんな覚悟はしたくないと思うのであれば、
揃わない判断材料で決断すべきだ。
ここまでご理解いただければ、決断で問題にすべき点は
揃わない判断材料でどう決断すべきか
だということがわかる。ノウハウは巷に氾濫しているので今回は割愛する。今回のポイントはひとつ。
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