「『神との対話』を僕も読んでいるけど、とても勉強になるね。だけど男女の恋愛、特に恋についての取説(トリセツ)が殆ど無いのはなぜ?」

「泣き方の取説が無いのと同じ理由でしょ」

「冗談でしょ。人生最初の難問だよ、恋って」

「教わらなくてもみんな恋はできるんだから、難問どころかサービス問題じゃないの?」

「恋のどこがサービス問題なんだよ?」

「まず、どんな人でもあっさり恋に落ちる」

「誰もが経験するからサービス問題ってこと?」

「そう。多くの人が気づかず、振り回されるのを嫌う本音だけど、否応なく気づかされ、無理やり振り回される恋心という本音は典型的なサービス問題さ」

「あの苦しさからは簡単に抜け出せないけど」

「理性が様々な理由をつけて恋心を黙らせようとしても、気持ちを抑えるのは容易じゃないから多くの人は恋心という本音に従って生きてしまう。この点でもサービス問題。切ないなどの苦しさは、会うなどの行動で軽減できるから、相思相愛を求めて体は勝手に突っ走ってしまう。本音を実現させる行動力が容易に得られるという点でもサービス問題。苦しみはお尻についた火。行動あるのみ」

「サービス問題だとしても、成就が難しいっていう意味では難問でしょ?」

「成就できるかどうかは相手が決めることだから、諦めずに待つしかないよ。あなたが諦めた時点で恋は終わりだから、あなたが一生諦めなければ成就する。簡単でしょ。難しいのは一生諦めないという点だけだよ」

「一生待てるか!」

「生理的に無理と言われながら結婚したカップル、何度もフラれながら数年後に結婚したカップルなんて珍しくないでしょ。共通点は諦めなかったという点だけだよ」

「一生待つなんて、一歩間違えばストーカーじゃないの?」

「ストーカーが諦めないのは自分の思い通りへの固執だけど、結婚できた人の諦めないは、相思相愛という自分たちの思い通りへの固執だから、固執するものが違う点でストーカーとは異なるよ。ただ、相思相愛後にストーカーになる人は多くなったけどね」

「えっ?どういうこと?」

「相思相愛を相手に強要する人、そして相思相愛の解消を許さない人が増えたってこと。」

「心変わりは止めようがないでしょう」

「恋人同士や夫婦なんだから、一緒にいるのは当然の権利だと誤解している輩(やから)が増えてるのよ」

「ある程度なら許されるような気もするけど、ダメなの?」

「相手の同意が無ければ、程度に関係なく犯罪になるから気をつけてね。同意の強要も犯罪だよ」

「なんで束縛する人が増えてるの?」

「親や学校から『言うとおりになさい』と束縛されて育ったのが原因。束縛が生活の一部になると、束縛されることだけじゃなく束縛することにも抵抗が無くなるから」

「束縛に麻痺しちゃうってこと?」

「束縛を甘受できるのは、『寄らば大樹の影』を今も多くの人が選択するから。大樹を必要としない日が来るなんて想像すらできない子供は、それこそ黙って親や学校に従うよ」

「人生それで大丈夫なの?」

「束縛は自分らしさを表現させてもらえないことだから、人生思い通りに生きるということが、思いの確認力と実現力不足から困難になる。どう生きればいいのかわからない、ということになるね」

「現代は人生の迷子ばかりということだね」

「人生の迷子になりたくなければ、過去の、現在の、そして未来の恋からたくさん学ぶことだね。本音がどこからどうやって来るのか、本音を実行に移すまでに精神や肉体がどのように変化していくのかをね。ポイントは、どういう結果を望むのかではなく、本音の言動かどうかに注意すること。周囲の反応で本音を曲げないこと」

「子供にはたやすいけど、大人には困難じゃん」

「親や学校は、子供を束縛しないことで子供から多くの事を学ぶべき。束縛せずにどう関係を構築するかをね。これが本来の育児であり、人材育成。親や学校は、北風ではなく太陽であることをまずは自覚してほしいね」

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