「『人はなぜ恋に落ちるのか』で、どんなひとでも簡単に恋に落ちるって言ってたけど、恋はコントロール不能な感情ってこと?」
「気づいたら恋をしてるから、恋をするしないのコントロールは不能だけど、相手が自分に恋心を抱くまで辛抱強く待つ必要があるので、感情の表現、つまり言動はコントロールが必要だし可能」
「恋においてコントロールが必要な言動って具体的に何?」
「相手に嫌われる言動はしないこと」
「嫌われたくないし恥ずかしいから、多くの人が自分から相手の前に出ることができないし、ましてや相手の目の前で言動なんて無理だから、心配無用でしょ」
「多くの人は、恋が成就するまではそうだけど、成就した後は相手に嫌われる言動をやりたい放題だよ」
「恋が成就した後にこそ感情のコントロールは必要ってこと?」
「恋人や夫婦間では、日常的に侮辱罪、名誉棄損罪、セクハラ、パワハラ、脅迫罪、暴行罪、傷害罪、窃盗罪、横領罪などの犯罪が行われているからね。両想いになった瞬間感情的になることが許されると勘違いするのが原因だけど、その勘違いが両想いの終わりを引き寄せてるって知らずにやってる点が愚かだね。相手に歓迎されない感情はあらゆる人間関係の破壊だと肝に銘じないとね」
「切れやすい人が多くなった気がするけど、勘違いのせい?」
「切れやすい親が増えたせいだよ。すると子供はそれが許されると勘違いする。勘違いしたまま大人になると、ダメ人間、危ない奴などのレッテルを貼られる。それで益々切れる。人の親になると自分の子供には切れ放題だから、子供はさらに切れる人間になる。そんな人が増えるだけでなく、凶暴化していく社会に我々は突き進んでいる」
「自らの体験から感情は爆発させるものだと教わり、コントロールするものだと教わらなかったからってこと?」
「そういうこと。『堪忍袋の緒(お)が切れる』と人は感情をコントロールできなくなるけど、現代社会では、そもそも堪忍袋の緒が縛られていない、堪忍袋そのものがないという人が珍しくないからね。今からでも堪忍袋を購入して袋の口をしっかり縛ってほしいね」
「どうやって堪忍袋を購入して袋の口をしっかり縛るのさ?」
「まず、相手に歓迎されない感情の表現は犯罪になるということを自覚し、歓迎されるかどうかわからない感情は表現しないこと。切れそうになったら限界まで息を静かにゆっくり吐き続けること。それから感情が静まるまで深呼吸を続けること。そうやって感情をコントロールする経験を積むこと」
「感情をコントロールするまでの道のりは長そうだけど」
「自分から離れていく相手を許し、そして修復を迫らないこと。この苦痛が感情コントロールの道のりを短くする特効薬になるから」
「どうしても修復したい場合の方法は?」
「相手に歓迎される感情を表現し続けること。その前準備として、相手に許しを乞い、歓迎されない感情を二度と表現しないこと。熱意が相手に伝わるから必ず修復できる。肝心なのは気長に続けること」
「気長に待てない人が多いんじゃない?」
「気長に待てなければ、本気で人間関係を修復したいと思ってない証拠だから諦めたほうがいい。修復したい人間関係がさらに悪化するからね」
「気長に待てない人って諦めの悪い人が多いよね」
「諦めの悪さは人生を思い通りに生きる必須の要件だから問題ないけど、気長に待てない状態で相手に修復を求めるのは、修復を益々遅らせるだけの愚行だから厳禁。人生においては、気の長さは必須要件」
「苛立っているのに相手に歓迎される感情を表現するなんて難しくない?」
「苛立ちが消えないと相手に歓迎される感情を表現しても見透かされるだけだから、これも逆効果。そもそも、苛立ちが消えるまでは相手に歓迎される感情すらわかないよ」
「どうして相手に歓迎される感情がわかないの?」
「感情は魂の言葉だから心に静寂がなければ聞こえない。苛立ちは心が嵐の状態だから風雨の轟音で何も聞こえないよ」
「どうしたら心の静寂が得られるの?」
「怒りも後悔も頭から追い出して、まずは頭を空っぽにする。座禅を習うか、座禅の格好を真似て一人静かに座っていると、頭に浮かぶ、閃く、感情が湧くという経験が来るよ。それで相手に対する愛情が確認できれば、その感情を表現すればいいのさ。要は出会った頃の気持ちに戻れるかっていうことだね。逆に許せんとかの感情が湧くようなら、それこそ気長に座禅を続ける必要がある。自分を成長させる絶好の機会だからたっぷり時間をとってマスターして欲しいね」
「ほんとに感情をコントロールできるようになるの?」
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